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嘘は自分を防衛する
好むにしろ好まざるにしろ、我々は日常的に多少の嘘をつく。遅刻の言い訳に「電車が遅れた」とつい言ってしまうし、締切りに間に合わない場合の筆者は「腰痛」「腹痛」「風邪」のどれかを選んで言い訳をする。酷い場合、天変地異を持ち出す場合もあるが、それはすぐ見破られる(当たり前だ)。
そのように嘘は失敗するケースも多い上、バレた場合のリスクも大きい。しかし我々はつい嘘をついてしまう。多かれ少なかれ、嘘は自分を防衛する機能があるからだ。嘘は最も身近な外交手段であり、自衛手段なのだ。だから、我々は異性を目の前にしたとき、つまり恋愛において最も多くの嘘をつく。
「“勘違い”と“思いこみ”は深刻な現代病のひとつです」と語ったのは、ラブコメディ「女神の恋」の脚本家である田淵久美子だ(※彼女は大ヒットを記録した大河ドラマ「篤姫」の脚本も手掛けたヒットメイカーである)。実際、「女神の恋」のヒロイン、末松吉子も数限りない嘘を並べるし、思い込みも人一倍激しい。オードリー・ヘップバーンが憧れという吉子は、本来の自分ではなく「なりたい自分」という虚像を生きている。理想と現実のギャップが深いのも現代人ならではの特徴かもしれない。そして、嘘がギャップを埋める架け橋となっていく。
最初の嘘
中堅食品メーカーのOLである、松本明子演じるヒロインの末松吉子は、恋人である北岡(辰巳琢郎)に結婚の決断迫るため、宮崎県・高千穂のコテージで7日間の休暇を過ごす計画を立てる。だが北岡に急な仕事が入った上、予約の手違いまで起きてしまい、コテージにやってきたのは全く赤の他人、売れないSF作家の小田龍之介(山口祐一郎)。「夫と来る予定だった」と言い張る吉子に、「自分は売れっ子作家だ」と主張する小田。自分を防衛するため、男と女はそこで最初の嘘をつく。
だが、嘘は風呂敷と同じであり、広げれば必ず畳むとき(=バレるとき)が訪れる。ドラマ「女神の恋」の大きな見どころであり、強烈に面白い要素は、彼女達の嘘がバレていく過程にある。
吉子の嘘は、恋人に結婚の決断を迫るため、と小田にバレていく。また小田も、自分が過去の受賞歴を心の支えに生きる売れない作家である、と吉子にバレていく。しかし、である。この嘘はバレるとき、幻滅を呼び込まない。むしろ妙な共感をふたりの間にもたらすのだ。嘘で自分を防衛しないと生きていけない……どこか切ないオトナの男と女に芽生える不思議な連帯・・・。やがてコテージに吉子の恋人・北岡が、小田の元妻・奈津子(愛華みれ)がやってきたとき、彼女達の関係は予想だにしない局面へ向かって流れ始める。
田淵脚本の真骨頂
強調すべき点は、このように「嘘」はドラマ「女神の恋」の重要なモチーフであるのだが、作品は暗いトーンではない、という点だ。どころかポップで抱腹絶倒の笑いもふんだんだ。そういった匙加減の妙は田淵脚本の真骨頂で、仕事も恋も結婚も苦みや痛みを知った30~40代の男女の姿を実に生き生きと描き出している。コテージという閉空間に登場人物たちを閉じ込める設定の巧妙さ、そしてリアリティあふれるセリフ。ドラマ「女神の恋」に感情移入しないで観ることは、軽快なスイング・ジャズを聴きながらじっとしていることより難しい。
さて我々はいったい幾つの嘘をついて生きてきただろうか?ついてしまった嘘は取り返せないが、自分を見つめ直すことはいくらでも可能だ。
手がかりは、ドラマ「女神の恋」にある。
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