韓国不動産社会の縮図─映画『84m2』(84㎡)が突きつける“幸せな暮らし”の落とし穴【ネタバレなしレビュー】

07月19日14時46分ドラマ
Netflixシリーズ『84㎡』独占配信中 / 画像提供:Netflix

韓国映画『84㎡』が7月18日にNetflixで独占配信され、翌19日には早くも【今日の映画TOP10】(日本)で3位にランクインした。主演カン・ハヌルの熱演と、現代社会に鋭く切り込むストーリーが話題を呼んでいる。ネタバレを避けながら、本作の見どころを紹介する。



「家を持つこと」が人生のゴール?
現代を生きる私たちにとって、「住まい」は単なる空間ではない。生活の基盤であり、社会的ステータスの象徴であり、そして何より“幸せの証”として強く信じられている。本作『84㎡』は、そんな“マイホーム信仰”を真正面から問うサスペンス・スリラーである。タイトルにある「84㎡」とは、韓国における中間層の理想的なマンションの広さであり、作中でも「夢の象徴」として登場する。

84m2

あらすじ:夢を買った男に訪れる崩壊
主人公ウソン(カン・ハヌル)は、人生をかけて念願の84㎡マンションを手に入れる。そこには、家族との穏やかな暮らしや社会的な尊厳といった、理想の未来が詰まっているはずだった。
しかし、入居直後から始まった「階間騒音」のトラブルにより、その夢は少しずつ崩れていく。騒音の出どころが不明なことから、ウソンは次第に理性を失い、他者への不信感と自己への疑念に苦しみ始める。
観客は彼の視点を通して、「安全な暮らし」がじわじわと壊れていく恐怖を体感することになる。

日常のトラブルが、極限の心理スリラーに
『84㎡』の最大の魅力は、その“現実味”にある。誰にでも起こりうる「騒音トラブル」を出発点に、脚本は「善と悪の境界が曖昧になる」スリラーへと巧みに変化していく。
特に印象的なのは、ウソンが被害者から加害者として糾弾されていく過程だ。社会の中で「正しさ」が通じなくなっていく恐怖がリアルに描かれ、都市生活に潜む狂気と孤立感が、観る者の神経をじわじわと刺激する。



演技と演出が生む“息詰まるリアリティ”
Netflix独占配信中の「隠し味にはロマンス」の“レシピハンター”の財閥御曹司役で、無愛想だった彼が少しずつ優しく変わる様子を繊細に演じたカン・ハヌル。そんな彼の『84㎡』での演技は、作品の根幹を支えている。

日常の小さな幸福を大切にし、マイホーム実現に人生を賭ける平凡なサラリーマン・ウソンの喜びから疑念、恐怖、そして狂気に至るまでの心理の変化を、彼は繊細かつリアリティたっぷりに表現した。序盤では、慣れない新生活や高額なローン返済に苦心する等身大の姿が、身の回りにいる誰かのような生々しさで映し出される。ウソンがささいな物音や謎の騒音に悩まされ始めると、目の動きや息遣い、声のかすかな震えにいたるまで、微細な不安や葛藤が確実に伝わってくる。舞台仕込みのカン・ハヌルらしい、感情のニュアンスに富んだ芝居であり、観客は彼の変化を“自分のこと”として感じ取ることができる。

ストーリーが進むにつれ、「善良な市民」が狂気に取り込まれていく様子を圧巻の存在感で演じ切っている。困惑や絶望、恐怖の狭間でもがき続けるウソンの姿に共感し、ときに痛みすら覚える観客も多いはずである。

予測不能なスリラーでありながら、彼が体現する“人間らしい弱さ”と“静謐さの中に潜む緊張感”が、映画全体を重厚な体験へと引き上げている。派手な演出やアクションに頼らず、「誰にでも起こり得る恐怖」をじわじわと迫らせる“静かな熱演”が、作品に深みと説得力を与えている。

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また、イム・ヘランやソ・ヒョヌといった実力派キャストが演じる“隣人”たちも、何を考えているのか分からない不気味さで、さらに閉塞感を強調している。音響や狭い空間の使い方も巧みで、視覚・聴覚の両方から不快なリアリティを突きつけてくる。

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背後にある“社会問題”への鋭い視線
本作は単なるスリラーにとどまらない。背景には、韓国社会における住宅価格の高騰や、「家を持ってこそ一人前」とされる価値観への鋭い批判が込められている。
家を手に入れたはずなのに、そこから人生が狂い始める──その皮肉な展開は、「理想の暮らし」がいかに幻想であるかを強く訴えかけている。映画が描いているのは、物理的な“家”ではなく、社会が押し付ける「正しい幸せ」のゴーストそのものである。

結末への評価と全体の印象
ラストにかけての展開には「やや冗長」との声もあるが、閉所での緊張感とノイズ演出は最後まで持続している。観る者に「これは自分にも起こり得る」と思わせる説得力があり、単なる娯楽として片付けるには惜しい作品である。

本作は“家さえあれば幸せになれる”という幻想を打ち砕き、私たちが見て見ぬふりをしてきた「現代の幽霊」を暴き出す社会派スリラーである。都市生活の裏側にある静かな狂気を、ぜひその目で確かめてほしい。

『84㎡』はNetflixで独占配信中だ。

kandoratop【韓国映画】