夏といえば「怪談」ものだろうが、シネリエが配信する『異人たちとの夏』、これは一風変わった怪談である。
怖さだけでなく、私たちが日常ふと抱くことのある「過去への郷愁」を隠し味に、心の闇を示してくれるのだ。
原作が山田太一の同名小説、脚本が市川森一、そして監督が映像の魔術師、大林宣彦だから、そうそう単純な作品にはならないだろう。
妻子と別れ、孤独な日々を送るシナリオ・ライター原田(風間杜夫)は、ある日、取材の帰りに立ち寄った故郷、浅草で非現実な空間へと入り込んでしまう。ふと入った寄席で、自分の父親(片岡鶴太郎)、それも若き日の父親を見かけるのだ。
父をつけていくと、かつて暮らしたアパートへ。父は原田に気づき、部屋に招き入れる。そこには若き日の母(秋吉久美子)もいた。
一方、偶然に原田の部屋を訪ねてきた美しい女性(名取裕子)と関係を持ってしまう。
時おり、若き日の両親の元を訪れては食事をし、談笑する。そして、部屋に戻れば、新たな恋人との関係が……。
しかし、原田の身には不可思議な現象が起きつつあった。
シナリオの名手、山田太一だが、ここでは幻想的な「現代の怪談」を作り上げてくれる。それも、懐かしさ、哀しさ、寂しさを織り込んだ怪談だ。その原作を市川森一が見事な脚本に練り直し、大林監督が映像に焼きつけてくれた。
夢と現とを往還しながら、喜び、戸惑う主人公を風間杜夫が好演しているほか、映画初出演の片岡鶴太郎は下町の、人のいい父を演じきる。演技開眼した作品である。子どもの頃に憧れた優しい母の秋吉久美子と、妖艶さを垣間見せる名取裕子とは好一対だ。
1988年の作品だから、すでに20年が経つのだが、内容はけっして色褪せていないし、むしろ、テーマはより鮮明になっているかもしれない。
人と人とのつながりが、どんどん見えにくくなり、感じにくくなっている現代だからこそ、こんな怪談も見てみたいのかもしれない。
人間関係が希薄になりつつある現代、
こんな怪談を見てみたい。『異人たちとの夏』。
スタッフ: 監督:大林宣彦/原作:田太一/脚色:市川森一/撮影:阪本善尚/音楽:篠崎正嗣/美術:薩谷和夫/照明:佐久間丈彦/録音:島田 満/編集:太田和夫キャスト: 風間杜夫/秋吉久美子/片岡鶴太郎/永島敏行/名取裕子/入江若葉/奥村公延/角替和枝/原 一平/加島潤一/時本和也/石丸謙二郎/桂 米丸/笹野高史/ベンガル/川田あつ子
©1988松竹株式会社
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