偉人たちの夢全120話

歴史に名を残す科学者たち。彼らはどんなきっかけで研究の道に入り、どんな課程を経て偉大な発明や発見にたどりついたのか。彼らが生きた当時の科学界、社会状況などとともにミニコーナーとして現代の科学者をとりあげ、最新の研究や現代の科学者の夢も紹介します。今回紹介するのは、量子力学で大きな功績を残した、ヴェルナー・ハイゼンベルクです。●1901年、ドイツのヴュルツヴェルクで生まれる。●1920年、ミュンヘン大学に入学。アーノルド・ゾンマーフェルト教授に師事する。●1925年、行列力学理論を発表。●1926年、コペンハーゲンのボーアの元で量子力学を研究する。●1927年、不確定性原理を発表●1932年、量子力学の創始者としてノーベル物理学賞を受賞。●1937年、エリザベート・シューマッハと結婚。●1945年、ナチスドイツの敗戦後、連合国に拘束される。以降、荒廃したドイツ科学界の再建に奔走。●1976年2月1日、他界。
  • 及川わたる、宮下精二 東京大学大学院
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歴史に名を残す科学者たち。彼らはどんなきっかけで研究の道に入り、どんな課程を経て偉大な発明や発見にたどりついたのか。彼らが生きた当時の科学界、社会状況などとともにミニコーナーとして現代の科学者をとりあげ、最新の研究や現代の科学者の夢も紹介します。今回紹介するのは、量子力学の生みの親となった、マックス・プランクです。●1858年、ドイツ、キールに生まれる。●1875年、ミュンヘン大学に入学。物理学を学ぶ。●1885年、キール大学の物理学教授となる。●1892年、ベルリン大学教授となる。●1890年代後半から熱放射の研究に取り組む。●1900年、熱放射公式を発表。●1913年、ベルリン大学学長に就任。●1918年、ノーベル賞を受賞。●1947年、没。
  • 及川わたる、豊田太郎 電気通信大学 電気・通信学部 量子・物質工学科
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歴史に名を残す科学者たち。彼らはどんなきっかけで研究の道に入り、どんな課程を経て偉大な発明や発見にたどりついたのか。彼らが生きた当時の科学界、社会状況などとともにミニコーナーとして現代の科学者をとりあげ、最新の研究や現代の科学者の夢も紹介します。今回紹介するのは、電子の発見者、J.J.(ジョゼフ・ジョン)トムソンです。●1856年、イギリス、マンチェスターに生まれる。●1876年、ケンブリッジのトリニティー・カレッジに入学。卒業後、キャベンディッシュ研究所に入る。●1884年、キャベンディッシュ研究所所長に就任。●1890年、ローズ・エリザベス・パジェットと結婚。●1897年、新しい放電管を使用した陰極線の実験により、電子を発見する。●1903年、原子モデルを発表する。これが後の原子モデルが成立していく大きなヒントとなる。●1906年、ノーベル賞を受賞。●1940年、没。
  • 及川わたる、西尾成子 日本大学 理工学部 物理学科
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歴史に名を残す科学者たち。彼らはどんなきっかけで研究の道に入り、どんな課程を経て偉大な発明や発見にたどりついたのか。彼らが生きた当時の科学界、社会状況などとともにミニコーナーとして現代の科学者をとりあげ、最新の研究や現代の科学者の夢も紹介します。今回紹介するのは、ウランの核分裂を発見した化学者、オットー・ハーンです。●1879年、ドイツ、フランクフルトに生まれる。●1904年、イギリスに渡り、ウィリアム・ラムゼイ教授に弟子入りする。これがラジウムと放射能に取り組むきっかけになる。●1906年、ドイツに戻り、ベルリン大学で研究に携わる。ここで30年以上研究パートナーとなるリーゼ・マイトナーと出会う。●1912年、リーゼとともにヴィルヘルム研究所へ入所。●1913年、エディス・ユングハウスと結婚。●1914年、第一次世界大戦勃発。ハーンも戦場に駆り出され、毒ガス部隊を指揮する。●1938年7月、ナチスの台頭により、リーゼ・マイトナーはドイツを去る。12月、ウランの核分裂を発見する。●1944年、ノーベル賞を受賞。●1945年、マックス・プランク協会の初代総裁に就任。●1968年、没。
  • 及川わたる、中塚亨 日本原子力研究所 東海研究所、エネルギーシステム研究部 将来型炉研究グループ
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歴史に名を残す科学者たち。彼らはどんなきっかけで研究の道に入り、どんな課程を経て偉大な発明や発見にたどりついたのか。彼らが生きた当時の科学界、社会状況などとともにミニコーナーとして現代の科学者をとりあげ、最新の研究や現代の科学者の夢も紹介します。今回紹介するのは、X線結晶解析で親子同時にノーベル賞を受賞した、ウィリアム・ヘンリー・ブラッグとローレンス・ブラッグの親子です。●1862年、父、ウィリアム・ヘンリー・ブラッグ、イギリスのカンパーランドに生まれる。●1886年、ヘンリー・ブラッグ、オーストラリア、アデレード大学へ赴任する。●1889年、ヘンリー・ブラッグ、グエンと結婚。その翌年、息子ローレンスが生まれる。●1909年、ブラッグ一家は本国イギリス、リーズへ戻る。●1912年、ローレンス・ブラッグ、キャベンディッシュ研究所へ入所。●この頃からブラッグ親子は、ラウエの行ったX線回折現象をもとに、さまざまな物質の結晶解析を始める。 息子ローレンスが理論を固め、父ヘンリーが実証する。そして結晶を形づくっている原子の立体的な配列を発見していく。●1915年、ブラッグ親子、ノーベル賞を受賞。ローレンスは史上最年少のノーベル賞受賞者である。●1942年、ヘンリー・ブラッグ没。●1971年、ローレンス・ブラッグ没。
  • 及川わたる、松岡勝 宇宙開発事業団 宇宙環境利用研究システム
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歴史に名を残す科学者たち。彼らはどんなきっかけで研究の道に入り、どんな課程を経て偉大な発明や発見にたどりついたのか。彼らが生きた当時の科学界、社会状況などとともにミニコーナーとして現代の科学者をとりあげ、最新の研究や現代の科学者の夢も紹介します。                         今回紹介するのは、波動力学の研究者、エルヴィン・シュレーディンガーです。●1887年12月オーストリア、ウィーンに生まれる。●1906年ウィーン大学に入学。学位を取得した後、26歳には早くも教授になる資格をえる。●第一次世界大戦に砲兵士官として狩り出され、敗戦の貧困を経験する。●1920年彼はウィーン大学に戻り結婚。●1925年波動力学の基礎理論として知られる「固有値問題としての量子化」の論文を発表。  原子内部における電子の状態を解明する。●1927年ベルリン大学の物理学教授に就任するも、1933年ナチスを避けるようにドイツを脱出。●1933年、亡命先のイギリスのオクスフォード大学にてノーベル賞受賞の知らせを受ける。●その後アイルランドのダブリンに落ち着き、69歳のときに故郷のオーストリア、ウィーン大学の物理学教授に就任。●1961年、死去。
  • 及川わたる、井元信之 総合研究大学院大学、先導科学研究科 光科学専攻
  • 再生時間 : 29分
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歴史に名を残す科学者たち。彼らはどんなきっかけで研究の道に入り、どんな課程を経て偉大な発明や発見にたどりついたのか。彼らが生きた当時の科学界、社会状況などとともにミニコーナーとして現代の科学者をとりあげ、最新の研究や現代の科学者の夢も紹介します。今回紹介するのは、映画の発明者、オーギュストとルイの、リュミエール兄弟です。●1862年に兄オーギュスト、1864年に弟ルイ、フランスのブザンソンに生まれる。父は写真館を開業していた。●1881年頃、ルイ(当時17歳)が父親の仕事を手伝い始める。感光剤の改良やガラス乾板の研究をし、成果を上げる。ルイのガラス乾板の評判がよかったため、父親は工業都市リヨンにガラス乾板の工場をつくる。●1890年頃、ルイの開発した感光剤「エチケット・ブルー」が大ヒットする。●1894年(当時兄32歳、弟30歳)、パリでキネトスコープを見た父親のすすめで、動画の研究を始める。●1895年(当時兄33歳、弟31歳)、シネマトグラフ完成。父親によるパリでの興行が評判を呼ぶ。●リュミエール商会設立。世界各地に技師を派遣、撮影してその場で上映するスタイルで一世を風靡。●1948年6月6日、弟ルイが84歳で死去。●1954年4月10日、兄オーギュストが92歳で死去。
  • 及川わたる(出演)、稲蔭 正彦さん 慶應義塾大学 環境情報学部教授
  • 再生時間 : 29分
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歴史に名を残す科学者たち。彼らはどんなきっかけで研究の道に入り、どんな課程を経て偉大な発明や発見にたどりついたのか。彼らが生きた当時の科学界、社会状況などとともにミニコーナーとして現代の科学者をとりあげ、最新の研究や現代の科学者の夢も紹介します。今回紹介するのは、土星型原子構造の提唱者として知られる、長岡半太郎です。●1865年,長崎県に生まれる。父親は武士で、明治維新後要職についていた。●1874年(当時9歳)、上京。小学校を落第。●1882年(当時17歳)、東京大学に進学。物理学の研究に取り組む。●1890年(当時25歳)、東京帝国大学の助教授になる。                                                              ●1893年(当時28歳)、ドイツ留学。●1903年(当時38歳)、土星型原子構造のモデルを発表。●1917年(当時52歳)、理化学研究所へ入所。●1924年(当時59歳)、水銀還金事件。●1931年(当時66歳)、大阪帝大初代総長に就任。●1950年12月11日、脳出血で死去。享年85。
  • 及川わたる(出演)、青木榮治さん  長岡半太郎記念館 館長
  • 再生時間 : 29分
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歴史に名を残す科学者たち。彼らはどんなきっかけで研究の道に入り、どんな課程を経て偉大な発明や発見にたどりついたのか。彼らが生きた当時の科学界、社会状況などとともにミニコーナーとして現代の科学者をとりあげ、最新の研究や現代の科学者の夢も紹介します。今回紹介するのは、無線通信の発明者、グリエルモ・マルコーニです。●1874年4月25日、イタリアのボローニャに生まれる。父親は裕福な実業家だった。●1894年(20歳)、ハインリッヒ・ヘルツによる電磁波の研究論文を読み、無線のアイデアがひらめく。●1895年(21歳)、無線通信の実験に成功する。●1896年(22歳)、イギリスへ渡り、船会社で無線の実演をする。●1897年(23歳)、世界初の無線通信の会社を興す。●1899年(25歳)、英仏海峡を越えて無線を送る実験に成功。●1901年(27歳)、大西洋を越えて無線を送る実験に成功。●1909年(35歳)、ノーベル物理学賞受賞。●1937年7月20日(63歳)、心臓発作で死去。
  • 及川わたる(出演)、久我 宣裕さん 東京工芸大学 工学部
  • 再生時間 : 29分
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歴史に名を残す科学者たち。彼らはどんなきっかけで研究の道に入り、どんな過程を経て偉大な発明や発見にたどりついたのか。彼らが生きた当時の科学界、社会状況などとともにミニコーナーとして現代の科学者をとりあげ、最新の研究や現代の科学者の夢も紹介します。今回紹介するのは、核分裂の研究で重要な功績を残したリーゼ・マイトナーです。●1878年 オーストリアのウィーンで誕生●1901年(当時22歳) ウイーン大学へ入学、その後物理学の博士号を取得●1907年(当時28歳) ベルリン大学の聴講生となり、マックス・プランクに師事する              オットー・ハーンと出会い、原子核に関する研究を行う●1912年(当時33歳) ウイルヘルム研究所に移る●1914年(当時35歳) X線治療の看護婦として戦地へ赴く●1920年(当時41歳) 大学教授となる●1938年(当時60歳) ナチスによるユダヤ人迫害のため亡命の旅にでる。スウエーデンのノーベル研究所へ●1968年10月27日 リーゼ・マイトナー死去 (享年89)
  • 及川わたる(出演)、小口 治久 独立行政法人 産業技術総合研究所 電力エネルギー研究部門 核融合プラズマグループ
  • 再生時間 : 29分
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