【蒼穹の昴】春児が選んだ宦官の道とは?中国奇習の伝統と人間模様を知る[コラム]

2010年11月06日19時59分ドラマ
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NHKドラマ「蒼穹の昴」の番組公式サイトでは、現在特別編集ムービーが公開されています。添えられた字幕から中国内で放送されたもののようです。日本人が姫路城の映像を見たり松の廊下のセットを見ておお!と思うように、中国の人にとっても紫禁城の全景や満漢全席が並んだテーブルはこれぞ時代劇!といった映像に感じるようです。
劇中ではいよいよ文秀と春児が宮中で頭角を現してきて面白くなってきました。科挙において状元となった文秀の努力はかなりのものだと考えられますが、ドラマでは春児が苦労する様子の描写が長かった事もあって、春児が周囲に認められるようになる場面は見ていて胸がスッとしたり我が事のように嬉しくなってしまう方もいたことでしょう。
春児が選んだ宦官というのは、漢族の女性が足を縛って小さくする「纏足(てんそく)」という風習と並んで中国の二大奇習とされています。宦官は男性、纏足は女性に対して人体を強制的に奇形状態にするものですが、宦官は宮中にこそ求められる存在であった事から立身出世の方法としていつしか中国の歴史に定着していきます。成立や由来を語ると長くなってしまいますが、このドラマの舞台である清朝においては宦官が存在して当たり前の時代でした。貧しい庶民が最後に賭ける出世の糸口として受け継がれてきたという背景を知ると、意地悪な先輩宦官にもちょっぴり情が沸く…かもしれません。

余談ですが、1994年のイタリア映画に「カストラート」というものがありました。カストラートというのは去勢された男性歌手の事で、近代以前のヨーロッパに存在していたそうです。男性の声は低くなるものですが、男性でありながら高音の声を保つために去勢をしたのがカストラートであるので、身体的特徴は宦官と同じと言えども役割は全く違います。このドラマを見ていて宦官たちによる南府劇団が登場した時に前述のイタリア映画を思い出した私は、宦官による女形の声はさぞ素晴らしいものだったのだろうなとふと思いついたのです。
以前に何かの番組でソプラニスタの岡本知高さんがカストラートの為の楽曲を苦心して歌い上げるという内容を見ましたが、カストラートの声というのは再現不可能とまで言われ独特の艶と美しさがあるそうなのです。つまり西太后に絶賛された役者としての春児の歌も、カストラートと同じく貴重な素晴らしいものだったのでしょう。ちなみに最後のカストラートとされる人は1922年に死没した方です。その最盛期は18世紀とのことで、オペラ界で優れた歌手として認められたカストラートはわずか数ヶ月の公演で一国の首相の年俸を超える額を稼いだそうです。こうした理由から、親の欲で音楽の才能も無いのに無駄に去勢された少年なども多くいたようです。この辺りの背景も宦官と何となく似通った部分が見られるように思います。かのベートーベンも年少時は素晴らしいボーイソプラノでカストラートになる事を周囲に嘱望されていたそうですが、父親の反対で実現しなかっとか。随分横道にそれましたが、東洋にも西洋にもこうした異形の存在による文化が形成され、人種が違えども人類が文化を築くという過程において共通点が見出せるのは興味深いものです。


[春児を思わせる実在の宦官の人生を綴った本]
さて、今回ご紹介したい一冊は「最後の宦官秘聞 ラストエンペラー溥儀に仕えて」(NHK出版)です。宦官について記された本は数々ありますが、学術的に宦官を分析したものはかなり内容が生々しくて苦手に思う方もいらっしゃるかもしれません。その点、この本は実在した老宦官による証言を元に書かれた話であり、物語風に綴られているのでかなり読みやすいと思います。
この本の主人公は孫耀庭(そんようてい)という宦官なのですが、浄心した日の4日後に辛亥革命が起こって実際に奉公する時は中華民国になってからという劇的な運命を辿ります。清朝が滅亡しても溥儀を中心とする皇族の生き残りに使えるものとして細々と宦官たちが生きていた時代が描かれています。
彼が実際に仕えたのは溥儀の叔父や光緒帝妃の端康皇貴太妃(珍妃の姉)、溥儀の皇后・婉容、そして溥儀という清朝最後の皇族のそうそうたる名前が並びます。興味深いのが、彼は最初の奉公先の主人が京劇が趣味だった事から指導を受け、それが次ぎの奉公先で認められるきっかけになるといったリアル春児のような点があるところです。宦官就職難の時代にあっても、素直な性格と人柄の良さを買われて奉公先を見つけていくのです。先輩宦官から聞く話には安徳海や李蓮英といった名前も登場し、「蒼穹の昴」ファンには身近に思える時代の話も随所に出てきます。そんな孫耀庭も仕事の無い時期や後年には富貴寺のような宦官寺に居候する事となり、そうした厳しい実情も伺い知る事が出来ます。宦官について知りたいと思った時、学術書に比べると検証などに偏りはありますが、おおよその宦官の生き方を知る上では分かりやすく手に取りやすい一冊かと思います。


冒頭で紹介の特別編集ムービーは、番組公式サイトトップページで視聴出来ます。



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