【追悼】宮崎あおい主演、士風の美を描いた遺作「蝶々さん」で市川森一さんを偲ぶ-NHKオンデマンド
11月にNHK総合テレビにて、宮崎あおい主演で放送されたドラマ「蝶々さん~愛護の武士の娘~」の原作と脚本を手掛けた市川森一さんが、10日、肺がんのため東京都内で70歳で死去…NHKオンデマンドでは、遺作となった「蝶々さん~愛護の武士の娘~」が配信されている。他にも、GyaO!ストアでは、映画「異人たちとの夏」や「ウルトラセブン」など、幅広いジャンルの脚本を手掛けた故人の作品を楽しむことができる。
市川さんは、今年11月11日に、自作の長編小説が原作で脚本も担当した「蝶々さん」の試写会に登場し、「こういう作品が生涯の遺作になれば幸運」と語っていた。奇しくもその言葉通り、本作が遺作となってしまった。
市川さんといえば、ハッピーエンドで終わるホームドラマを嫌い、脱ホームドラマ、脱リアリズムを掲げ、「ソープ嬢モモ子シリーズ」や火曜サスペンスドラマ、大河ドラマ「花の乱」、「太陽にほえろ!」など多くの作品を手掛けたが、デビューは1966年に円谷プロダクションの子供向け番組「怪獣ブースカ」。その後も「ウルトラマンシリーズ」や「コメットさん」など、1960年代の子供番組を支えてきた人物。プロテスタントのクリスチャンである彼の「ウルトラマン」シリーズの脚本では、新約聖書や神話に由来する名前を持つ怪獣や設定を多用したことは、ファンの間では有名な話。(ペテロ、バラバ、ゴルゴダの丘、アイスキュロス→アイロス星人、プロメテウス→プロテ星人、サロメ→サロメ星人など)。市川さんは、当初メインライターを務めた「ウルトラマンA」を最後に大人番組に軸足を移して脚本活動を行った。
ドラマ「蝶々さん~愛護の武士の娘~」は、NHK総合テレビの「土曜ドラマスペシャル」枠で11月19日と26日の2週にわたり放送された。同局の大河ドラマ「篤姫」以来3年ぶりのテレビドラマ出演となった宮崎あおいの主演ということでも大いに注目を集めた。
市川さんの同名小説が原作のドラマは、ジャコモ・プッチーニのオペラ「蝶々夫人」を題材とした作品で、原作小説は「長崎新聞」で2006年5月から2008年5月まで連載された。
ヒロインは伊東蝶(お蝶)。明治初期、元佐賀藩の士族の娘として生まれた。佐賀の乱に巻き込まれた父を亡くし、母と祖母によって、お蝶が新しい世で身を立てていけるようにと熱心に学問をさせ、家伝の能笛を伝える一方、武士の娘としての心構えを叩き込まれた。「武士の自害とは自らを罰することでも、敗北でもない。誇りの証」…「士風の美」として心に刻んだ。しかし、その母と祖母の死で、長崎の貸座敷「水月楼」の養女となる。ところが養母・マツも病で死去してしまい、お蝶は跡取り娘の立場から一転女中の身に、さらには置屋「末石」に身をおき、やがて舞妓「春蝶」となるのだった。
そんなお蝶は、米海軍士官のフランクリンと出会い恋に落ちて結婚する。しかしフランクリンにとってそれは、滞在期間だけ、かりそめの夫婦生活を過ごす「長崎式結婚」だっだ。やがてフランクリンはアメリカに帰ることになり、お蝶は身ごもっていた…。結局お蝶は生まれた子供の将来を考え、父フランクに託し、彼との愛がまやかしでなかったということを証明するために、友人の兄からの求愛を断り、自ら命を絶つのだった。
ドラマはこの後、胸にしみるラストで幕を閉じる。
市川さんは、日本に実在した「お蝶」という女性の自決を、「クランクリンとの愛の証」という観点ではなく、アメリカやイタリア人の作家の手で、「愛児を奪われた悲しみ」の結果という一面だけが強調されていることを不憫に思い、この作品を小説にしたと、講談社BOOK倶楽部のインタビューに答えている。
インタビューで市川さんは、「できれば現代の蝶々さん世代に読んでもらいたい。それが最後の願いである」と結んでいる。
もちろん、故人は自決そのものを賞賛しているわけではない。かつての日本人の心にあった「士風の美」という、清々しいまでの潔さを今の若者世代に伝えたかったのだろう。
奇しくも市川さんの願いは本当に最後のものとなってしまった。そのあまりにも早すぎる永遠の別れを悲しむ声が、テレビやメディアで大きく取り上げられている。市川さんの作品を愛したファンは、せめて脱ホームドラマ、脱リアリズムを掲げた故人が、最後に伝えたかった言葉をドラマ「蝶々さん~愛護の武士の娘~」で受け取り、故人の早すぎる死を偲んではいかがだろうか。
同ドラマは、NHKオンデマンドで視聴価格210円で視聴できる。現在前編を配信中で、16日からは後編も配信される。
また、故人の初期の作品「ウルトラセブン」と、映画「異人たちとの夏」は、GyaO!ストアにてそれぞれ105円と210円の視聴価格で配信されている。ちなみに、「ウルトラセブン」全49話で市川さんが脚本を担当したのは、13、24、29、35、37、44、46話の7本。
多くの素晴らしい作品を遺してくれた市川森一さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
「蝶々さん~愛護の武士の娘~前編 誇りの代償」
GyaO!ストア「異人たちとの夏」
GyO!ストア「第13話:V3から来た男」
GyaO!ストア「第46話:ダン対セブンの決闘」