「王の女」「王の顔」「華政」の主人公、悲劇の暴君・朝鮮王朝第15代 光海君ってどんな王?ドラマ予告動画

2016年04月11日19時30分ドラマ
景福宮

政治的功績を称えられながらも、兄や義弟を死に追いやった暴君として伝わる光海君!近年、光海君にスポットを当てた韓国時代劇が熱い!今回は、そんな光海君と時代背景、様々なドラマでどう描かれているのかをご紹介!ドラマの予告動画は各公式サイトなどで視聴できる。

以下紹介するドラマについては、タイトルをクリックすれば作品詳細が確認できる。また、韓流コーナーkandoratopでは、韓ドラ視聴に役立つ情報などをまとめて紹介している。

「王の女」「王の女」より © SBS Productions Inc.韓国SBSが2003年、光海君とケトンの愛を中心に女たちの激しい権力抗争を描いたドラマ「王の女」を放送した後、光海君の治世を舞台にする作品は多くあったが、主人公にした作品はあまり見かけなかった。だが、ここ数年、光海君を主人公にした作品が次々と日本で放送され、注目を集めている。2012年の映画『王になった男』ではイ・ビョンホンが光海君を演じて大ヒット。ドラマでは2013年「火の女神ジョンイ」、2014年「王の顔」、2015年「華政」など、続々と登場。(【ドラマの年表-朝鮮王朝】参照)
どの作品も、正史にドラマチックなフィクションをからめた新解釈で暴君とされた光海君を描いている。

王の顔「王の顔」よりLicensed by KBS Media Ltd.
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■長子王位継承
光海君紹介の前に、朝鮮王朝の後継について簡単にご説明。朝鮮王朝では前・高麗王朝に倣って嫡庶(正室の子か側室の子か)の別や長幼の序(長男かどうか)は大変厳格だった(高麗始祖・王建の遺言参照豆知識「訓要十条」)。表【朝鮮王朝系図】を開いて、王の名前(廟号)の横の「続柄」に注目。「長男」以外が継承した場合、何らかの後継争いがあったとみていいだろう。

年表や系図【拡大して見る】■15代王・光海君(1575年6月4日-1641年8月7日)
光海君は1608年 - 1623年まで在位した15代王。10代王の燕山君と同様に暴君として廃位されたが、王子時代は外交政策で秀でた力を発揮したやり手だった。「ホ・ジュン」に登場する「東医宝鑑」の編纂も完了させたのがこの王だ。((李氏)朝鮮王朝系図参考)
当時の朝鮮では嫡庶の別や長幼の序は大変厳格で、嫡男の長男が正当な後継者。庶子で次男の光海君は本来王位に就くのは難しかったが、壬辰倭乱・丁酉倭乱(豊臣秀吉による文禄・慶長の役のこと)などの戦乱が彼を世子にし、結局は王位に就けた。
そして反対派勢力が担ぐ臨海君や幼い永昌大君を謀殺し、仁穆大妃を廃し幽閉(「廃母殺弟」)するなどで、政権基盤を盤石なものになったかに思えたが、結局は、1623年3月13日、反対勢力が仁穆大妃と光海君の甥の綾陽君を担ぎ出し、宮廷クーデター(仁祖反正)を起こし、彼は廃位、江華島へ追放され暴君とされてしまった。

「華政」「華政」より ©2015 MBC■廟号のない王
廟号(びょうごう)とは、王が死亡した後に捧げられる名前。朝鮮王も前王朝(高麗)同様に“祖”か“宗”が付く。ところが、2人だけ廟号のない王がいる。それが、10代王・燕山君と15代の光海君だ。どちらも暴君を敷いた王として廃位され、廟号がつけられなかったのだ。
「王と妃」「王と私」「インス大妃」など多くのドラマや映画で、燕山君は暴君として描かれているが、光海君は外交手腕に優れ税制改革の実施など、現代における歴史的評価は非常に高く、再解釈して描かれることが多い。

■光海君がドラマでどう描かれているのかはこちらで紹介⇒「王の女」「王の顔」「華政」主人公、光海君と金介屎(キム・ゲシ)は劇中どう描かれている?

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