『お母さんが一緒』公開記念で、橋口亮輔監督とリリー・フランキーが『ぐるりのこと。』の舞台裏を語った

07月02日12時10分映画

映画『お母さんが一緒』の7月12日公開を記念して、橋口監督の作品群の中から『ぐるりのこと。』『二十才の微熱』『渚のシンドバッド』の3作品を<「ひと」を描く映画監督 橋口亮輔作品 特別上映>と題し、7月1日(月)から3夜連続でユーロスペース(渋谷)にて特別上映される。予告動画は公式サイトで公開中だ。

初⽇を飾る『ぐるりのこと。』(2008)から、俳優、文筆家、画家など多種多彩に活躍、本作で映画初主演を務めたリリー・フランキーがスペシャルゲストとして登壇し橋口監督とともに上映後トークショーを行った。

『お母さんが一緒』は、家族という一番身近な他人だからこそ湧いて出てくる不満や苛立ちをユーモラスに描いたホームドラマ。脚本家・劇作家・演出家・映画監督など、マルチに活躍するペヤンヌマキが2015年に主宰する演劇ユニット「ブス会*」で発表した同名舞台を橋口監督自ら脚色し、CS「ホームドラマチャンネル」(松竹ブロードキャスティング)の開局25周年ドラマとして制作されたオリジナルドラマシリーズが再編集され、映画となった。



全席完売となった場内に、映画の余韻も冷めやらぬ中、『ぐるりのこと。』主演のリリー・フランキーと橋口亮輔監督、そしてMCを務めたライター/編集者の門間雄介が現れると、観客は大きな拍手で迎えた。超満員の客席を見渡しながら、橋口監督は驚きと感動をもって「来てくださって本当にありがとうございます」と満面の笑みで感謝を述べた。するとリリー・フランキーは「えー、いま『ハッシュ!』をご覧いただきましたが・・・」と、橋口監督の別作品のタイトルを挙げ、冒頭から飄々とボケをかました。トークはなごやかに始まった。

おかあさん

『ぐるりのこと。』は2008年6月に公開された。当時まだ演技経験が少なかったリリー・フランキーにとって、本作は本格的な初主演作である。リリー・フランキーを抜擢した理由を聞かれた橋口監督は、「ちょうど『ぐるりのこと。』の脚本を書き終えたとき、当時ベストセラーになったリリーさんの『東京タワー』を読んで、『あ、ここにカナオがいる!』と思い、リリーさんに心中するつもりで出演をお願いしたが、リリーさんは一言『それはない』って(笑)。2月にオファーして、4ヶ月も一切返事がなかった」と語った。橋口監督の暴露にリリーは「役作りしてたんですよ」と笑いながら「俳優さんはみんな橋口さんの映画に出たいけど、橋口さんはめったに撮らないから(笑)。俺でいいのかというのがあって、役者でもないのに即答できなかった。『ぐるりのこと。』を撮ったあと、4年以内に次回作を撮ってほしいと言ったけど、『恋人たち』(2015年)まで7年かかり、『恋人たち』から最新作の『お母さんが一緒』まで9年かかった。橋口監督は本数を撮らない監督なので責任を感じる」と答えた。

橋口監督といえば、撮影前に行う独自のリハーサルが有名で、最新作『お母さんが一緒』でも江口のりこら出演者がリハーサルでの経験が印象的だったと語っている。『ぐるりのこと。』のリハーサルについて聞かれたリリーは「撮影前に1週間のリハーサルがあり、朝9時から夜9時まで。後にも先にもあんなにリハーサルをしたことはなく、あれが最初で最後だ。ただ台本はほぼやらない。僕が演じたカナオと木村多江さんが演じた翔子の夫婦は10年付き合って結婚した設定で、映画は二人が結婚したところから始まるが、リハーサルでは二人が出会ってから結婚するまでの10年間、いわゆる“『ぐるりのこと。』エピソード1”を延々やる。そうやって俺たちに嘘の記憶を刷り込む」と語った。台本に書かれているシーンでリハーサルをやったのは前半と後半にある長回しのシーンだけだったという。

橋口監督は、後半の嵐の夜のカナオと翔子の13分に及ぶ長回しのシーンを挙げ、「泣きじゃくる翔子の鼻をカナオがなめるシーンはリリーさんの唯一のアドリブ」と述べた。リリーは「台本ではキスをする設定だったが、キスするよりも鼻をなめるほうがこの夫婦っぽい」と笑った。のちに橋口監督が映画監督のトラン・アン・ユンと対談した際、トラン・アン・ユン監督はそのシーンについて「あの瞬間、二人は本当の夫婦になったんだ」と語ったという。名作と評される『ぐるりのこと。』の中でも特に印象的なシーンの裏話に、客席からは驚きと感嘆の声があがった。

リリーは「こういう言い方はロマンチックすぎるかもしれないけど、撮影している2ヶ月間は魔法にかかっているみたいだった。橋口組の独特の空気感というか、映画の魔法にかかっているようで、リハーサル以上のことがみんなできた」と撮影の日々を振り返った。

また、橋口監督の最新作『お母さんが一緒』で主演を務める江口のりこが『ぐるりのこと。』にリリーたち夫婦のマンションの住人役として出演していたことにも触れた。橋口監督は「当日のアドリブで江口にマスクをつけさせた。台本では『静かにしてもらえませんか』という一言だけだったが、木村さんが『お前のバイクがうるさいんだよ』と言うと、江口さんは『は? バイク関係ないですよね?』と(笑)」と当時を回顧。撮影後、ジャージ姿でぼうっとしている江口に「どうだった?」と声をかけると「難しかった!」と言って帰ったのが印象的だったという。また、『お母さんが一緒』で次女役を演じる内田慈は『ぐるりのこと。』が映画デビュー作で、佐藤二朗と新婚夫婦の役を演じていた。その話の流れから、リリーが『お母さんが一緒』で三女・古川琴音の彼氏・タカヒロを演じた青山フォール勝ちのたたずまいがいいと褒めると、橋口監督は嬉しそうに自画自賛した。コロナ禍に中川家のYouTubeに出ていたネルソンズを見て彼を抜擢したという橋口監督に、リリーは会場を見渡しながら「皆さん、迂闊にYouTubeとかやると橋口監督に見つけられて映画に出させられるから気をつけて」と話し、会場からは笑いが起こった。

■作品概要
原作・脚本:ペヤンヌマキ
監督・脚色:橋口亮輔(『ぐるりのこと。』『恋人たち』)
出演:江口のりこ、内田慈、古川琴音、青山フォール勝ち(ネルソンズ)
配給:クロックワークス
製作:松竹ブロードキャスティング
上映時間:106分
©2024松竹ブロードキャスティング

映画『お母さんが一緒』本編特別映像 YouTube
映画『お母さんが一緒』公式サイト