【韓ドラ歴史コラム】「文武」放送前にこれだけは知っておきたい!新羅の歴史と6人の重要人物、三国統一への道
いよいよ11月14日からKBS2でスタートする「文武」は、イ・ヒョヌク、チャン・ヒョク、キム・ガンウ、パク・ソンウンら豪華キャストが集結し、新羅・高句麗・百済、さらに唐までを巻き込んだ激動の時代を描く大河時代劇。
「文武」(原題:문무)は、単なる一人の王の伝記ではない。約600年にわたる戦争と三国の激動の中で、それぞれの国の命運を背負った指導者たちの戦いを描く壮大な歴史ドラマだ。
主人公は、のちに新羅第30代王・文武王となる金法敏(キム・ボムミン)。しかし、彼の物語を理解するには、父・金春秋(キム・チュンジュ)や母方の叔父(母の兄)にあたる金庾信(キム・ユシン)、さらに新羅と激しく対立する高句麗の淵蓋蘇文(ヨン・ゲソムン)らの存在を知っておくことが欠かせない。
新羅については【韓国歴史コラム:新羅編】でも詳しく解説しているが、今回は、ドラマ「文武」をより深く楽しむために、まずは舞台となる新羅の歴史と、物語の中心となる人物たちを簡単に予習しておきたい。navicon特集【「文武」を2倍楽しむ】では、新羅・高句麗・百済の王朝系図やドラマの年表などもまとめている。
■そもそも新羅とは?
新羅(シルラ)は、朝鮮半島南東部を中心に発展した古代国家で、紀元前1世紀ごろに成立したとされる。高句麗(コグリョ)、百済(ペクチェ)とともに「三国時代」を形成し、長い間、三国の覇権をめぐって争いを繰り広げた。
現在の慶尚北道にある慶州(キョンジュ)を都とした新羅は、当初は高句麗や百済に比べて小さな国だった。しかし、独自の政治制度を整え、周辺国との外交を巧みに行いながら徐々に勢力を拡大していく(【半島の時代別地図】)。
特に重要なのが、6世紀に活躍した法興王と真興王だ。法興王の時代には仏教が公認され、国家としての体制が整えられた。続く真興王の時代には領土を大きく広げ、後の新羅の発展につながる基盤が築かれた。そして7世紀、新羅は最大の転機を迎える(【新羅王朝系図(統一前)】/【新羅王朝系図(統一後)】)。
■「善徳女王」から始まる新羅の大きな転換
「文武」を理解するうえで、ぜひ覚えておきたいのが善徳女王だ。善徳女王は新羅第27代王で、朝鮮半島の歴史上でもよく知られた女性君主。新羅の王族における身分制度「骨品制」の影響もあり、男性の王位継承者がいなくなったことで王位に就いた。韓国ドラマ「善徳女王」でも描かれた人物で、ミシルらとの権力争いをはじめ、新羅が高句麗・百済との戦いに揺れる時代を生きた。そして善徳女王の死後、新羅の歴史を大きく動かす人物として登場するのが金春秋である。
■金春秋から金法敏へ――「文武」につながる父子
※武烈王(ムヨルワン)生没年:603~661年
648年:真徳女王の命で唐に渡り、太宗と会見
654年:新羅第29代王・武烈王に即位
660年:唐と連合して百済を滅ぼす
661年:高句麗攻略を進める中で死去。長男・金法敏が王位を継承
KBS側の紹介では、金法敏は強い自尊心と大胆さを持ちながら、国と民のためなら屈辱にも耐えることができる冷静な戦略家として描かれる。父・金春秋の外交・政治力を受け継ぎながら、やがて自らの時代を切り開いていく人物だ。つまり「文武」は、父・金春秋が築いたものを、息子・金法敏がどのように受け継ぎ、完成させていくのかという「父子の物語」として見ることもできる。
■金庾信――新羅軍を支えた伝説の名将
※金庾信(キム・ユシン)生没年:595~673年
629年:高句麗との戦いで武功を挙げ、名将として頭角を現す
647年:毗曇(ピダム)の乱を鎮圧し、王室を支える
660年:新羅軍を率いて百済攻略に貢献
673年:文武王の治世に死去。三国統一を目前に生涯を閉じる
ドラマでは、金庾信が金春秋、そして金法敏親子の強力な支柱として描かれる。KBS側も金庾信を「新羅軍そのもの」と表現しており、戦場での圧倒的な存在感が期待される。「金春秋=政治・外交」「金庾信=軍事」「金法敏=次代を担う君主」という3人の関係を押さえておくと、ドラマの人間関係がかなり分かりやすくなる。
■最大のライバル・高句麗の淵蓋蘇文
※淵蓋蘇文(ヨン・ゲソムン)生年不詳~666年ごろ(没年には異説あり)
642年:政変を起こして栄留王を殺害。宝蔵王を擁立し実権を掌握
645年:唐の太宗が高句麗に侵攻するも、安市城で撃退
662年:唐軍との戦いを続け、高句麗の防衛を主導
666年ごろ:死去。その後、後継者争いが激化し、高句麗は弱体化
ドラマでは「戦争の神」とも称される強烈な人物として描かれ、金法敏や金庾信ら新羅側の人物とは異なる価値観を持つ存在となる。チャン・ヒョク自身も、淵蓋蘇文はさまざまな解釈が可能な人物だとして、既存のイメージとは異なる立体的な人物像を表現したいと語っている。
「文武」は新羅だけを見ていれば理解できる作品ではない。高句麗の強大な軍事力と、そこに君臨する淵蓋蘇文が、新羅の金春秋・金庾信・金法敏とどう対峙するのかにも注目したい。
■高建武=栄留王――戦争英雄から平和を求める王へ
※栄留王(ヨンニュワン)生年不詳~642年
612年:隋の高句麗遠征に際し、王族の将軍として戦う
618年:高句麗第27代王・栄留王に即位
619年:唐との外交関係を築き、和平路線を進める
642年:淵蓋蘇文の政変によって殺害される
ドラマでは、同じ高句麗側でありながら、高建武と淵蓋蘇文の考え方が大きく異なる点も見どころの一つ。国を守るために戦うのか、それとも民を守るために戦争を避けるのか――。それぞれの人物が抱える「国を守る」という思いが、必ずしも同じ方向を向いていないところが、本作の面白さになりそうだ。
■金眞珠――新羅内部にも「敵」がいる
※金眞珠(キム・ジンジュ)生年不詳~662年(『三国史記』の記録による)
639年:新羅の沙飡(サチャン)として何瑟羅州の守備を任される
659年:兵部令に任命され、軍事行政の要職に就く
660年:金庾信らとともに百済攻略に参加
662年:出兵命令に従わなかったことを理由に、文武王の命で処刑される
つまり「文武」の敵は、国境の向こう側にいる高句麗や百済だけではない。新羅の内部にも権力をめぐる激しい対立が存在する。
■「文武」で覚えておきたい人物相関
ここまでを簡単に整理すると、
<新羅>
金春秋(演:キム・ガンウ)=後の武烈王。政治・外交を担う
金庾信(演:パク・ソンウン)=新羅を代表する名将
金法敏(演:イ・ヒョヌク)=金春秋の長男。後の文武王
金眞珠(演:チョン・ウンイン)=新羅朝廷の実力者
<高句麗>
高建武(演:チョ・ソンハ)=栄留王。平和を求める王
淵蓋蘇文(演:チャン・ヒョク)=高句麗の軍事・政治指導者
という構図になる。
もちろん実際の歴史はさらに複雑だが、まずはこの6人を押さえておけば、「文武」の序盤から人物関係を追いやすくなるはずだ。
■そして金法敏は「文武王」へ
※文武王(ムンムワン)生没年:626~681年
660年:父・武烈王のもと、百済攻略に参加
661年:父の死を受け、新羅第30代王・文武王に即位
668年:唐と連合して高句麗を滅ぼす
676年:唐との戦いを経て、朝鮮半島南部を中心とする統一新羅の基盤を確立
だからこそ「文武」という作品では、単に「三国統一」という結果を見るだけではなく、なぜ金春秋が外交に動き、なぜ金庾信が戦い、なぜ金法敏がそのすべてを引き継がなければならなかったのかを見ていくことが重要になる。
■「文武」を見る前に、この流れだけは覚えておきたい!
「文武」を楽しむために、まず覚えておきたいのは、
善徳女王の時代
↓
金春秋と金庾信が新羅の国力を支える
↓
金春秋が武烈王に即位(654年)
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新羅と唐の連合軍が百済を滅ぼす(660年)
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金春秋の死後、息子の金法敏が文武王に即位(661年)
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新羅と唐の連合軍が高句麗を滅ぼす(668年)
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新羅と唐が対立し、戦争へ
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文武王が唐と戦い、新羅の自立を目指す
↓
676年、文武王の死後に新羅が唐の勢力を退け、統一新羅の体制を固める
という大きな流れだ。そして、その裏側には高句麗の淵蓋蘇文や栄留王、百済、唐など、さまざまな勢力の思惑が絡んでくる。
「文武」は、こうした人物たちが「国を守る」という同じ目的を抱きながら、異なる方法を選び、時には味方同士でも対立していく姿を描く大河ドラマとなる。600年にわたる戦争と三国の激動。その果てに新羅を率いる文武王は何を選び、何を守ろうとしたのか――。
まずは「善徳女王」「金春秋」「金庾信」「金法敏」、そして「淵蓋蘇文」の名前を頭に入れておけば、「文武」の壮大な物語をより深く楽しめるはずだ。
◇「문무」1次ティーザー
◇연개소문 티저(淵蓋蘇文ティーザー)
◇김춘추 티저(金春秋ティーザー)
◇연개소문 티저(淵蓋蘇文ティーザー)