人生なんてどうってことない!「ディア・マイ・フレンズ」最終回考:ドラマが伝えたかったこととは?

2018年11月18日11時00分ドラマ
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韓国俳優界のレジェンドが集結した韓国ドラマ「ディア・マイ・フレンズ」は、「その冬、風が吹く」「大丈夫、愛だ」で高い人気を誇るノ・ヒギョン作家が脚本を手掛けた話題作!キム・ヘジャ、コ・ドゥシム、コ・ヒョンジョンら韓国を代表する女優たちが、年老いていく母、問題を抱える子供、十数年ぶりにやってきた恋など、人生のときめきと哀愁を自然体で演じているヒューマンドラマ!筆者の感想と本作が伝えたかったことについて考えてみたい…Youtubeにて予告動画が公開されている。

◆年を取ることの利点は?◆

「年を取ることの利点は?」
「先が見通せるようになるってことよ」

本作中のセリフだ。そうなのかもしれない。だが、本当にそうだろうか。生きることは決して楽なことではない。年を重ねて知識や経験は増えていっても、人間はいつも感情的だ。年を取っていても、若くても、生きているこの瞬間は初めてなのだから。
ときに感情的になりながらも、私たちは、ただただ懸命に“今”を生きている。

「ディア・マイ・フレンズ」の主な視聴者は、ワン役のコ・ヒョンジョンと同世代かそれより上の世代だろう。本当なら、もっと若い世代にもぜひ見てもらいたい作品なのだが、如何せん、出演俳優の年齢層が高すぎて、それを望むのは酷なことかもしれない。自分や親、それ以外でも「老い」というものを少しでも意識した人でないと、この作品の本当の価値はおそらくわからないだろう。

本作に登場するレジェンドたちは、韓国俳優界では「先生」と呼ばれる名優ばかり。本作中の彼らには「演ずる」という凡庸な表現はふさわしくないのかもしれない。強いて言うなら、彼らが演じた向こう側に、彼ら自身が過ごしてきた人生そのものが見えていたような錯覚に陥ったとでも言おうか。

ノ・ヒギョン作家は、本作の最終回を書き終えたとき、自分の残酷さに鳥肌が立ったと述べている。いくら包み隠してもこのドラマは結局、年老いた両親に対して、「子供たちに頼らないで。私たちの生活は忙しい。だから、あなたたちはあなたたちで幸せに過ごしてください、仕方ないでしょう」という結論になってはいないだろうかと。
それと同時に、「世の中に存在するすべての親に申し訳なかった。しかし、明らかなことは一つ、私たち誰もが最終的には、親が歩いた道を同じように歩いていくのです」と。

なんて正直で謙虚な言葉だろう。
タイムスリップものやファンタジーラブコメが流行し、ときには刺激性や暴力性が求められる韓国ドラマ界で、人々に感動を与えられる意味のある作品を書き続けているノ・ヒギョン作家だからこそ発せられる実に心に響く言葉だ。
ノ・ヒギョン作家の作品は、見ながら胸が痛くなるものが多い。それは彼女特有の持ち味だ。
しかし、ただ胸が痛くなるだけではない、そこから生まれる希望こそが、本来、ノ・ヒギョンが描きたかったものなのだ。

◆私は一人で生きられる◆

dear1子供たちの世話になるまいと一人で生きていく決心をしたヒジャ(キム・ヘジャ)に認知症の症状が襲う。そんな母を心から心配する末っ子のミノを特別出演のイ・グァンスが好演した。自らが認知症に侵されていることをヒジャ自身も気付いていき、介護施設に入る決心をする終盤は少々胸が痛かったが、ヒジャ自身が多くを考え、彼女自身にとっての最善の選択をしたのだろう。
幸いヒジャには初恋の人ソンジェ(チェ・ホン)がいた。認知症に侵されていくヒジャを愛情いっぱいに見守っているソンジェの姿は実に美しく、ワンとヨンハ(チョ・インソン)のラブストーリーにも引けを取らないほどの純愛だったように思う。

◆知って犯した罪100回、知らずに犯した罪10000回◆

dear2いつか世界旅行に連れて行くと妻ジョンア(ナ・ムニ)に約束したソッキュン(シン・グ)。その約束を果たそうとしたときには、妻の心はとっくに離れていた。
「気分転換じゃなくて、私は人生を転換したい!」と言い放ち、何十年も仕えてきた夫に愛想を尽かし一人暮らしを始めたジョンアに、心密かにエールを送っていた視聴者もいることだろう。
こんな横暴な夫がいるのかと思うほど、イヤミ夫のソッキュンではあったが、ある瞬間から彼への見方が変わる。ソッキュンが何十年もの過去を走馬灯のように回想するシーンは圧巻だった。
人は人生の終盤に差し掛かると、後悔に次ぐ後悔がこんなにも溢れ出てくるものなのだろうか。生きることに必死で、いつも傍にいる妻の気持ちを慮れなかったことへの後悔が、じわじわとソッキュンに覆いかぶさっていくのだ。
人は知らず知らずのうちに犯している罪のなんと多いことか。
「私たちの人生には善行より罪のほうが多い、だから人生は損することなどない」
ソッキュンのセリフが痛いほど心に沁みる。


◆親はいつまでもいてくれるという錯覚◆

dear3ナンヒ(コ・ドゥシム)がガンに侵され、ワンとナンヒの親子関係が少しずつ変化していった様もこの作品の見どころのひとつだった。
母娘密着だったナンヒとワンだったが、ナンヒは自らが病に侵されたことで、今までは決して許すことができなかったワンとヨンハの交際を認めるようになる。
人生に起こることで意味のないことは何一つない。たとえそれが病気であったとしても、それがその人自身や周囲の人の人生にも、必ずや意味をもたらすことになってくる。
ナンヒが病に侵され、ワンは一つのことに気付く。
世間一般的には、親の愛は子の愛より深いと言われる。だが、子の愛が不足しているわけではない、子は気付いていないのだ、親は永遠にいてくれるという愚かな錯覚を起こしていることを。
このドラマを見た子世代の視聴者には、ぜひこのワンの言葉を心に留めてほしい、もちろん筆者自身も含めて…。

生きていくことは決して楽なことではない。若くても年をとっても問題は様々だし、常に壁にぶち当たり、病に立ち向かっていかなければならない時もある。だが、どんなときでも家族がいて、友達がいる。本作は、私たちが多くの人に支えられて今を生きているこということを改めて気付かせてくれる作品でもある。
ラストシーンで90歳のワンの祖母が放った「人生なんてどうってことない」というセリフに、先だって亡くなられた樹木希林さんが重なった。
長い人生どんなことがあろうとも、正々堂々と生き抜いてきたからこそ言える年長者の厚みのある言葉に、本作品の本当の意味を垣間見た気がした。

Youtube予告動画
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kandoratop【作品詳細】【「ディア・マイ・フレンズ」を2倍楽しむ】