「薯童謠 ソドンヨ」でイ・ビョンフン監督が描きたかったもの:3つの見どころと当時の韓国での評判
韓国時代劇の巨匠イ・ビョンフン監督、8作品の中で唯一SBSの作品「薯童謠-ソドンヨ-」(2005年)の見どころと当時の韓国での評判などを紹介する。YouTubeにて第1話の無料配信をしている。
「薯童謠-ソドンヨ-(以下、薯童謠)」は、古くから伝わる説話をモチーフに、百済の王子・武王(チョ・ヒョンジェ扮)の波乱の人生と、敵国である新羅の姫・善花公主(イ・ボヨン扮)との運命の恋描いた歴史ロマン大作。【「薯童謠」を2倍楽しむ】では時代背景やキャスト・実在人物の紹介、各話のあらすじと見どころをまとめている。
①忘れられた国“百済”の科学技術を紹介したい
©SBS「薯童謠」は、イ・ビョンフン監督が2003年大ヒットした「宮廷女官チャン・グムの誓い」に続いてキム・ヨンヒョン脚本家とタッグを組んだ作品。イ監督はこれまで朝鮮時代を舞台に「ホジュン~宮廷医官の道~」で医術と“内医院”、「商道-サンド-」では経済と“商団”、「宮廷女官チャングムの誓い(以下、「チャングム」)では料理と“水刺間”を描いた。そんなイ監督が違う時代を描きたいと選んだのが百済だ。高句麗、新羅に比べて残された遺跡や資料が少なく、当時は「忘れられた王国」とも称され、この時代をテーマにしたドラマはなかった。
しかし日本と中国の資料には百済の燦爛たる文化と技術が伝えられていた。百済は6~7世紀の北東アジア最高の科学技術を持っていたというのだ。当時韓国の学生は理工系を避ける学生が増え、科学技術の人材が不足していた。一方で、百済には博士制度があり科学を重視して栄えた国。そこでイ監督は主人公の足取りを通して、百済がなぜ科学技術を重視したのか、いかにして先端技術や文化を維持したのかを主人公の足取りを通して百済の科学集団である“太学舎”を描こうとした。
②説話を基に三国時代のロミオとジュリエットを描きたい
©SBSイ監督は「チャングム」で控え目だった“ロマンス“も次作ではしっかり描きたいと考えていた。そこでキム脚本家と共に現存する最古の郷歌「薯童説話」をモチーフに武王を通して最高にドラマチックな人生とラブストーリーを展開しようと考えた。
「薯童説話」とは、13世紀末に高麗の高僧一然が書いた『三国遺事』に記された武王の説話(噂話や昔話)。その内容は「武王の母は都の南の池のほとりで寡婦暮らしをしていたが、その池にすむ龍と情を通じ、武王が生まれた。武王は子供の頃は薯童(ソドン、芋を売る子供という意味)と呼ばれていた。新羅の美しい善花(ソンファ)姫と出会う。そこで子供達に芋を与え、自作の歌『薯童謡』を歌わせた。この薯童謡のために王は善花姫を遠方へ追放。薯童は善花を連れて百済に住み、そこで黄金を沢山掘り出しやがて王になり、善花姫は王妃となった」というもの。
参考資料が少なく、説話でもあいまいに描かれた武王の誕生を「王の子に産まれたが、やむを得ない事情で王宮から出された」という設定にして、百済第30代・武王と新羅の善花公主(王女)との物語を美しく描き出した。554年に百済の聖王が新羅との戦いのなかで討ち死にした後、百済と新羅との関係は修復が効かないほど悪化していた(参考:初回で斬首される第26代王・聖王って?)。そんな武王と善花公主の恋は、まさに『ロミオとジュリエット』のよう。
③フレッシュな新人をキャスティング
©SBSイ監督の作品の主演男優は30代以上がほとんど。「ホジュン」のチョン・グァンリョル、「商道」のイ・ジェリョン、「チャングム」のチ・ジニ、「イ・サン」のイ・ソジン。唯一の例外が本作で主演を務めた1980年生まれで当時20代半ばのチョ・ヒョンジェだ。貴公子風の正統派のイケメン俳優で、撮影現場には彼を目当てに全国各地から30代~40代の女性ファンがバスを貸し切って美味しい差し入れを持って詰めかけたそうだ。ヒロインのイ・ボヨンも1979年生まれの美人女優。こちらは10代の親衛隊が押し寄せ、イ・ボヨンの誕生日には男子高校生一団が押し寄せて誕生パーティーを開いたという。若手俳優やK-POPスターが多く出演する近年の時代劇では見慣れたこうした光景も、当時は珍しい。
とはいえ、主役の2人は今でこそトップ俳優だが当時はまだ若手。他にも、「夏の香り」で注目を集めたリュ・ジンや、本作の後「花より男子~Boys Over Flowers」でブレイクしたク・ヘソン、「2度目のプロポーズ」ホ・ヨンランら時代劇初出演の新人が多く出演している。実はこうした新人の起用はスター級の俳優のキャスティングが流れたためともいわれているが、これまでの時代劇とは一線を画し、ドラマに彩を与えてくれた。
韓国での評判は?
【韓ドラ視聴率TOP30】本作の初回視聴率は16.8%、その後も17%~19%台を推移し、11話で20%を超えた以外は20%を超えることはなかった。それでも十分高い数字、同時間帯のドラマの中でトップだった。しかし「ホジュン」が63.7%、「チャングム」が57.8%と驚異の数字を叩き出しているイ監督だけに、この数字はショックだったようだ。
※【韓流ドラマ視聴率TOP30(1990年~2010年】拡大して見る
視聴者の意見としては好意的なモノが多かったが、中には「演技がぎこちない」「なんとなくまとまっていない」といった声もあった。当時の時代劇は“重厚さ”が不可欠。フレッシュな時代劇未経験者が大半を占めた本作は、存在感のあるドラマとはならなかった。また、イ監督が本作企画の一番の狙いであった“百済の科学技術”。筆者は、主人公のチャン(のちの武王)が百済の研究機関“太学舎(テバクサ)”の研究員だったという設定で“オンドル(韓国の床暖房)”を開発したり、新羅に構えた技術集団“天の峠(ハヌルチェ)”で見せる最新技術のシーンはワクワクしたが、当時の韓国視聴者には響かなかったようで、こうした技術シーンがでてくると視聴率が下がったという。
イ監督は、大半を時代劇未経験者を配したキャスティングに反省し、いつか韓国の輝かしい科学技術を人々に見せてくれるドラマが出てくると信じ、機会があれば百済の物語にリベンジしたいと語っている。
イ・ビョンフン監督全8演出作品のなかで異色ともいえる「薯童謠」。20年近く前のイ監督の意欲作は日本の視聴者の目にはどう映るのか?未視聴の方はもちろん、すでに視聴した方もこうしたイ監督のこだわりを理解した上で再視聴してほしい。
※参考:『チャングム、イサンの監督が語る 韓流時代劇の魅力』(集英社新書)
【相関図】
◇YouTube第1話無料配信中
【作品詳細】【「薯童謠」を2倍楽しむ】